階段使用時の安全性確保に関する研究 −特に住宅階段を対象として−
古瀬 敏
建築研究報告 No.109 March 1986 建設省建築研究所
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<概要> |
本研究は,建築における階段利用に伴う転落事故の発生実態を明らかにするとともに,被害を軽減させるための手法を人間工学的に検討したものである。
本報告では,まず建築の日常安全性の問題およびその重要性について述べたあと,「日常災害の実態と階段転落事故の位置づけ」として,建築物にかかわる日常災害事故(建築日常災害)のうちで要因のわかっているものの実態を調べ,階段での転落事故がその中で占める位置を明らかにしている。ここではまず,死亡その他に関する建築日常災害の大まかな状況を各種統計資料(特に人口動態統計)により把え,さらに死亡に至らなかった事故の頻度を,統計データと居住者を対象としたアンケート調査により推定している。
ついで,「階段および階段転落事故の実態に関する検討」として,事故が生じた階段について実地調査を含めた詳細な検討を行うとともに,特に住宅の階段が実際にはどのように造られまたどのように使われるかを,居住者に対する調査と住宅供給業者への調査との両面から明らかにしている。
そのあと,「過去における階段研究の系譜」として,内外の文献を収集し,階段についてどのような立場からの検討が行われてきたかを分析し,過去の研究の成果とその現実への適用の限界について論じている。
以上の成果を踏まえて,「安全性向上のための手法の検討」として,特に労働負荷,路面蹴上寸法,および階段幅員と手すりの関係を実験的に検討している。
まず,階段設計に際して強い影響力を持っていた階段昇降の労働負荷,すなわち急勾配の階段は暖勾配の階段に比べて労働負荷が大きいといわれている問題について,住宅など比較的利用者の少ない階段を考え,垂直歩行速度を一定に保つという条件の下で整理学的実験を行った。この結果,このような条件の下では階段勾配による労働負荷の差は特に認められないことを明らかにしている。
次いで,実験室における階段歩行が実際の場での利用者の行動を十分再現しているかどうかを確かめるために,現場での多くの階段利用者の行動と実験室での行動との比較検討を行い,再現可能の限界条件を明らかにした。そして,その結果を踏まえて階段利用者の動作特性をより詳細に実験室で検討している。即ち踏面蹴上寸法を変えた場合について,下降の際に段板に載る足の寸法を計測することにより,安全上必要とされる最低限の踏面寸法は,ほぼ210mmであるとの結果が得られた。さらに,同じく下降時に段板に加えられる動的な荷重と,踏面蹴上寸法との関係から,手すりなどの利用を前提としない場合には最大限許容し得る蹴上寸法はほぼ180mmであることを見いだした。
以上から求められた階段の踏面蹴上の組合せによる必要最低条件は40°となるが,これは住宅等の階段における一般的な勾配よりかなり緩やかであって,現実的ではないきらいがある。そこで,勾配の大きい階段を設計する際には階段手すりをつけることが妥協手段の一つであると考え,これによって階段の有効幅員が狭くなることの問題点を検討した。すなわち,荷物を携帯した場合の昇降実験を行い,この実験の範囲内では,幅員750mmの壁面間寸法を確保した階段では,手すりをその内側に設置してもその使用にほとんど影響しない結果を得た。
これらの検討結果をまとめることにより,階段使用時の安全性を確保するために採用すべき現実的な条件を明らかにした。
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